東日本に猛威を振るった台風19号だが
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他人事では済まされぬ事態が発生した
土曜の夜 暴風雨を自宅で静かに過ごし 自宅はなんともなかった
日曜 朝から 工場兼実家で仕事をしようとしてたら
朝6:00過ぎに社長からlineで写真が送られてきた
(遠く見えるのは土手)
この時点で 約35年以上前の記憶が蘇る
我輩が小学低学年の頃に一度だけ台風被害でこれに近い事が起こったのは記憶にある
しかし 次の日写真で (約30分後) 昔の記憶を上回ることだと思い知る
とにかく車庫は少し登り勾配になってるので車は出来るだけ上に詰めたみたい
水位がジリジリ上がってきてると
我輩自宅から 工場兼実家までは休日でも車で約40分
1番近い橋と2番目に近い橋も水没で通行止め 3番目に近い橋を渡り なんとか 川越の工場兼実家に到着
記念に写真でも撮ろうかと思ってたら 社長から
「とりあえずトラックを車庫から避難させよう」と
この時点で 工場目の前の交差点には消防車や消防団の方々がかなりの人数でいた
とりあえず状況が把握できていない我輩
同じ地区の川の上流で決壊した模様だと言うことを知り
どんどん水位があがっている理由をやっと知ることとなる
呑気に写真撮影などしてる場合じゃなくなり
朝から汗かきながら少し低い土地にある トラック3台を高台へ避難させる
この赤い鉄板敷いてある場所がトラック車庫
オヤジの畑は完全水没
そうこうしている間に 今度は 実家と
事務所がやばいんでないか? ということになり
事務所の重要な書類と
実家の仏壇、おふくろの骨壷をとりあえず2階へ避難
この時点で 今までの人生で避難することってなかったから 結構焦っていた
どこまで水位が上がるのか 自宅が床上浸水するのか?
どこまでの物を2階へあげればいいのか?
不安で仕方なかった
近所の人が訪れたり、避難準備したり 大変だった
消防団からは まだまだ水位は上がる模様だ!と言われ
地に足が着いてない状態だったのは間違いない
はっきり言って興奮してたかも
結果的に目の前の家は床下浸水と車は水没してしまっていた
朝から2時間程はなんやかんや 対応に追われた
午前11時頃には水位の上昇は止まり 引いてきた
実家と事務所はギリギリの所でセーフだった
工場はまた更に一段高いので 問題無し
(工場屋根から )
完全に湖状態だ
この左手 もうちょい奥上流に ニュースでもバンバンやっていた 孤立した老人ホームがある
引っ切り無しにヘリコプターが飛び
この有様を一目見ようと 野次馬が凄かった
近年村1番の盛り上がりだったことは間違いない
その昔 我輩が小学生だったころ
この村の友達の家の前で渡哲也率いる大門軍団の西部警察の撮影が行われたらしく
その時も 大盛況だったらしい 多分その頃以来じゃないかなー(笑) 笑い事ではないけどね
テレビ局の車も通るし レポーターも我輩の目の前を通るのだが・・・
マイク🎤を我輩に握らせろ!(笑) せっかく状況説明してやろうとしてるのに 人相悪いからなのか
スルーしやがる(笑)
(夕方16時頃) 某在京キー局の カメラマンが撮影している
この橋の麓にはすぐポンプ場があるのだが、上流が決壊しているために ポンプで汲み上げても また水が戻ってきてしまうので意味が無いのだ
だいぶ引いたが それでも月曜もこの橋は無理であろう
すぐそばのお袋の墓を建てようしている墓地も結構水没してた 納骨をしなくて良かったと思う
更に近所の工場
屋根が完全に吹っ飛ばされた
去年も飛ばされて
2年連続だ 💦 構造的に無理なのかもね
ウチがやったわけではないが 月曜 とりあえず車が出せないから 少し動かしてほしいと言われた
他の仕事もあるが、近所だから 仕方ない💦
助け合いだわ
老人ホームも孤立はしたが 全員無事みたいだし
この地区での死傷者は無かった模様だから良かったが
長野 千曲川の被害はこっちなんて比にならないくらい 凄い
少しでも被害が少ないように願うしかない
今回 我が土地は 畑は水没したが それだけて済んだ
有り難いことだ
これで床上浸水なんてしてたら
仕事どころじゃなくなるからねー
自然の猛威を改めて感じた
自然と戦っていくしかないだろうね
人間なんてちっぽけかもしれないが
次いつこうなるか分からないが 対策はしなくてはいけない
命がある事に感謝して
生きて生きて生きまくるぜー
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